幅広く学び「どこにでも通用する力」を培う

井上 寛之さん

キヤノントッキ株式会社

井上 寛之

経 歴

2010年 長岡高専 電気電子システム工学科 卒業
同  年 チェーンなどの産業機械部品を手掛けるメーカーに入社
2019年 キヤノントッキ株式会社 入社

楽しみながら、鍛えられた5年間

──高専に進学しようと思ったきっかけは?

 中学生の頃、進学を考えた時に「普通科には行きたくないな」と思ったのです。中学校の3年間で勉強した延長線上で、さらに3年間かけて基礎科目を学ぶことに抵抗があったんです。それで、商業系か工業系か、と考えたときに、子どもの頃からものづくりが好きだったので工学を学びたいと考えました。さらに家族とも話し合って「より高いレベルを目指すなら、高専がいいだろう」ということで、第一志望にしました。

 学科は「電気系なら就職に強そうだなぁ」と思っていた部分はありますが、正直なところ、勘です(笑)。直感で選びましたが、幸いにも入った後のイメージギャップはそれほどなく、実験も多く、楽しかったですね。

──特に印象に残っている授業や実験はありますか。

 放電実験ですね。高電圧を出せる装置で、針の先端から稲妻のような青い光がバチバチ出るやつです。その時、アース(安全装置)を繋ぐのを忘れそうになって、先生に「死ぬ気か!」ってめちゃくちゃ怒られました。なかなか経験できない本格的な実験をやっているんだなと、身が引き締まる思いでした。

 それと、90分間(当時は1コマ90分)、黙々と微分積分の計算をする修行のような授業もありましたね。あれは辛かった……(笑)。答えに〇✕をつけるというより、途中の計算過程が厳しくチェックされるので、丸暗記は通用しないんです。解き方を身に付けることで、論理的な思考力を鍛えられていたのだと思います。

──日常生活の雰囲気はどうでしたか。

 クラスは、どちらかと言えば“低体温系”で、学校行事に燃えるタイプではありませんでした。文化祭では各クラスで出し物を用意することになり、うちのクラスは“休憩室”を提供したという……今思えば、なかなかにひどいですよね(笑)。でも仲は良かったですね。私は自宅から通っていたので、登下校が一緒になる友だちと特に仲良くなりました。放課後は、2年生から卒業研究が始まる4年生の頃まで、スーパーでアルバイトもしていました。

──卒業研究では、どんなテーマに取り組みましたか。

 テーマ決めは、研究室に入ってから、先生に「こういうの、やってみない?」と言われたのが、フォトポリマー(感光性樹脂)を使ってホログラムをつくる研究でした。ホログラムは3次元像を記録した写真のことで、光に反応して変化するフォトポリマーを使い、情報を記憶させるものです。私は、このポリマー材料の配合や、〇〇の時間、〇〇の温度などを変化させてデータをとりながら、どうしたら記憶効率が向上するのか研究していました。少しずつ条件を変えながら、ひたすら実験をしましたね。分野としては、材料化学にまたがる複合的な領域に携わることができました。

就職後も幅広い業務を経験

──就職先はどのように決まりましたか。

 実は、最初は進学を考えていたのですが、受験したら落ちてしまったんです。そこから切り替えるのは早くて、すぐに就職担当の先生のところに行きました。その時、先生に勧められたのが最初に勤めた会社でした。その会社がちょうど全国から高専生を積極的に採用しようとしていたタイミングで、まだ長岡高専からは内定者が出ていなかったので、ラッキーでした。入社後も、釧路、秋田、山形、東京と出身校は違っていても、高専出身者の同期とすぐに打ち解けることができました。共通認識を持っている人が多いことは心強かったですね。

──1社目の会社ではどのような業務を経験されたのですか。

 入社から約3年間は、熱処理作業者として現場に出ていました。次の2年間は部品管理担当になりました。その後、研修でイギリスに駐在し、帰国後は約3年間、海外子会社窓口として関連業務に従事しました。ちなみに、海外勤務と言うと、元々、英語がすごく得意なのかと思われるかもしれませんが、そんなことはないんです。でも、会社からのバックアップもありましたので、駐在中も生活面でそこまで困ることはありませんでした。

駐在中に井上さんが撮影したビッグ・ベンとロンドンアイ

──井上さんは、かなり順応性が高いのでは?

 そうですね(笑)、たしかにそう言われます。イギリスに派遣される前もTOEICの点数が振るわなくても「井上さんなら、大丈夫だね」と言われました。昔から「なるようになる、ダメだったらその時はドンマイ!」と考えてきました。前職で行っていた熱処理作業や部品管理担当の業務も、入社後にスキルを身につけましたし、現在の会社に転職してから担当している原価管理も、それまではやったことがありませんでしたが、新しいチャレンジだと思って前向きに捉えました。

──現在の業務では、どのような製品に携わっているのですか。

 弊社の主力製品は、有機ELディスプレイの製造装置です。装置を連結させた全長は100mを超えます。最新の装置ではさらに大きく・長くなります。実際に見たら、びっくりすると思いますよ。

有機ELディスプレイ製造装置の一部(提供:キヤノントッキ株式会社)
有機ELディスプレイ製造装置の全体イメージ(提供:キヤノントッキ株式会社)

 私の仕事は、製作中の装置の原価を集計し、最終的な金額を予測・分析することです。原価管理の業務は、製品を製造する際にかかる装置原価の予算と、実際にかかった費用を照らし合わせながら管理・分析を行い、会社全体の予算につなげるのが役割です。

 我々は装置メーカーなので、最終製品のように直接、一般の人に届くわけではありませんが、顧客企業が生産したパネルが、家電製品に使用されているので、家電屋さんで自社の装置で作られたパネルを見かけると、嬉しくなりますね。

役に立つかどうかは、後からわかること

──さまざまな業務を経験されてきた中で、どんな時に「高専の強み」を感じますか。

 私は電気電子システム工学科の出身ですが、機械工学科の友人と趣味のことなど、日常会話をする中で、自然と機械系の知識も得ることができました。おかげで、装置の図面も読めますし、使用する部品の名前からその役割を想像することができます。

 また、前職で熱処理、部品管理と、幅広い工程に携わったことも、今の仕事につながっています。ものづくりの現場を見てきたので、装置を構成する部品に対して「何に使う部品なのか」とか「どういう用途なのか」と疑問が出てきても、担当者からある程度の説明を受ければ、理解することができます。業務を円滑に進めるうえで、技術的な知識があることで橋渡しができるので、コミュニケーションの面でも役立っています。

 何より、高専の勉強では「論理的な思考回路」が身につくと思います。そうすると「この工程を経たら、どうなるのか」ということが予想できるようになります。また、レポート課題もたくさん提出して、アウトプットを行うことに慣れてきたので、どの職業に就いたとしてもすごく役立つスキルだと思います。報告書を仕上げるスピードや完成度に、経験の差が表れると思います。

──最後に、学生に向けて“高専生活のススメ”を教えてください。

 まず、在学生に伝えたいことは、今、学んでいるのが、どんな分野だったとしても、何の役に立つとか、立たないとか、決めつけてしまわないほうがいいと思うんですね。役に立たないと思ったとたんに、つまらなくなるし、視野も狭くなってしまいます。私は、高専で勉強してきた分野とは、いま全く違う仕事についていますが、それでも高専で学んだことは役に立っています。もしかしたら、自分でも気づかないうちに、生かせている部分もあるのかもしれません。

 そして、高専を目指している人、興味がある人には、高専に入学したら、とことん楽しんでほしいですね。高専では何年も同じ顔ぶれに囲まれて、お互いに切磋琢磨するので、社会人になってからも長い付き合いができる友人が得られると思います。……あ、それから最後にもう一つ。高専の食堂の「油そば」は美味しいですよ! 高専生のソールフードです。ぜひ学校に来る機会があったら、食べてみてくださいね。

高専名物、学食の油そば(390円)。(価格は2023年現在)

【取材・文】堀川 晃菜(長岡高専2007年卒)

to_top